これは、授業であるセミナーやディベートでよく実感したことですが、自分が発表する時に、
「この文法は合っているか、適切な単語を選べているか」など、
「求められた事柄に対して自分の意見を論理的に説明できているか」
など、自分の英語力に常に神経を注いでいました。

また、ディスカッションのテーマでは、日本で生活している時はさほど気にしていなかった政治・経済、社会問題、歴史のテーマも盛り込まれています。

事前に予習や勉強はするけれど、所詮付け焼き刃の知識では、それに対して自分の考えを述べても、ディスカッションでの
「なぜ?なぜ?」の質問攻めに、毎回うまく答えることはできませんでした。

日本では、教科書で勉強し、難しい長文を解き、単語やイディオムをひたすら覚えて試験に備える。というやり方で英語を勉強してきた私は、この瞬間瞬間に答える瞬間力のある「使える英語」が全くできていなかったので、困窮していました。

私の通っていた大学では、他にもヨーロッパからの留学生も通っていてたのですが、休憩時間などで彼らが話す英語は、私とは逆で、文法的には間違っていてましたが、とても流暢に会話をしていました。

それは、授業でのディスカッションでも同じで、彼らは自分の意見をしっかり伝えて、相手の意見にも余裕を持って耳をかたむけられる。
なので、セミナーの授業も楽しそうに受けていました。

彼らの話す英語は、自分の考えを相手に伝えるための英語。

長文を丁寧に読みといたり、論文を書いたり、試験問題を解いたりするよりも、彼らの話す「生きた英語」の方が、実生活でも授業でもとても大切なことなんだと実感しました。

その為には、
もっと日常会話に触れる。
伝えることを一番に考える。
という事に重きをおいて、ブレイクタイムもランチタイムも教科書を閉じて、どんどんクラスメイトと交流するようになりました。

文法等は日本でも勉強してきたので、あとからでもついてくる程度に考えて、留学中は、その「生きた英語」の中に身をおくこと。

そうすると、自分の意見も自然に発表できるようになり、私が感じていた壁は、いつの間にかなくなっていました。

留学前にしていたことを、留学で発展させて、帰国後に活かす。留学はその一環です。

これは、実際に留学をしてみないと気がつかなった事だろうと思うので、そこにも留学した意義があったように感じます。
留学生活では、何か想定外の事が起こったり、心が折れそうになったりする事があるかもしれませんが、乗り越えようとする時は、もっと力がつく時期だと思います。
それも、留学の醍醐味じゃないかなと思います。